デザイン思考。

weave

一ヶ月以上が過ぎてしまいました。自分の考えてこと、面白いと思ったことを瞬間的に頭の中で完成させて繋いでいくことは大変な作業だとひしひしと感じます。ブログを書くときとか他に何か面白いことを思いついたとき、メモをしたりすることはあっても急ぎ足でそのアイデアを一気に形にしようとはしません。たいていの場合は、頭の中でふわふわの浮かんでいる状態を継続させます。

そんな中で一番最後に取る手段が、文字に起こすということです。自分の思っていることを言語化するという作業は、まとまりのない考えをゆっくりと平面的に繋いでくれるのにとても役に立ちます。ほんの少し前までは、この手順は書くときだけに使えるものだと思っていました。しかしながら、気がつくとデザイナーとして作業しているときにも、全く同じ方法を使っていたことを知りました。デザイナーにとって、デザインするということは、コンセプトをよりうまく、明確に伝えるために用いる最終手段であって、デザインすること自体が目的というかそういうことじゃないんだと思います。

 

何を始めるにしても、まずは問題提起から、誰が、どこで、どんな状況で困っているのかをはっきりとさせることが必要です。その後に、何を一番に優先して解決すべきなのか、受取り手の情報を正確に見極めた上で、最善の解決策を探る。そのあとにデザインが来る。最近、特に欧米諸国で注目されているデザイン思考というのはまさに上で説明したことをもっと細かく使い分けていくことを指します。

 

デザインは、人類の発展や歴史に常に一緒にあって多くの影響を与えてきたと思います。

 

今の世の中で、自分たちが手にしたり、食べたり、住んだり、着たりしている大抵のものは、デザインさていると言っても過言ではないと思います。地球が持つ自然だけがそれ自身のデザインのシステムの中で生み出されています(最近は遺伝子組換えをしたり、もしくは単純に破壊して人間の手によってそのシステムを変換することは可能になっていますが)。

グラフィックデザインに関して言えば、言語の誕生によって人類のコミュニケーションにおいて非常に大きな役割を担ってきたんじゃないかなと思います。自分たちがどのように考え、書き、話すという知能的な能力は、この言語的コミュニケーションによって可能になっています。言葉の違いによって、文化や伝統、そして個々人の人間性にも大きく影響しているのではないかと考える時があります。

特にグローバリズムが世の中に浸透し始めてからは、世界中の人が英語を共通の言語として学び、日本でも英語ができることがまず一つのステータスとして、持つべきスキルとして多くの人が血眼になって勉強しています。このような状況を少し俯瞰的に見直してみると、途上国・発展途上国にかかわらず、多くの人が英語を話せるようになることで、また英語を通して現地の人とコミュニケーションをとることで西洋の(英語を歴史的に母国語にしてきた国々の)文化が他の文化に大きく浸透してきているように感じます。この現象の全てに悪影響があるようには感じませんが、明らかに近代の植民地支配のような感覚で、文化的な侵略が着実に前進しているように思います。

上で少し話した通り、言葉の力は強いと思います。したがって、

タイポグラフィー

印刷物の読みやすさである可読性や、視認性、そしてその美しさを得るために、活字の配置・構成やその属性すなわち書体、字体の大きさ(ウェイト)、行と行との間隔(レディング)、文字と文字との間隔(カーニング及びスペーシング)、印刷紙面上での活字が占める領域の配置・構成(レイアウト)などを設定し、経済的に効率良く印刷物を出版すること

は人間社会の言語間コミュニケーションにおいて人々の情報の認識や吸収に非常に効果的であると言えるとおもいます。その力は、新たな社会の流れを作ることができるかも知れません。

さて、なぜ自分はこんなことを書いているのか?理由は、今まで説明してきたことが自分が大学で勉強していることだからです。そして、これが自分が将来生計を立てていくために選択したスキルセットの一部であるからです。

 

デザインとは、自分の解釈では、
純粋な芸術ではありません。

誰でも、
何かしらを綺麗に、
可愛らしく装飾して、
イラストを描いて、
それらを「デザイン
と呼ぶことができます。

しかしながら、それらはデザインが本当にできることの半分も達成することはありません。
デザインは、
人間が扱う全てのものを機能的にし、
親しみやすくし、コミュニケーションを可能にし、
その上で視覚的に美しいテイストを加えることができるものであると考えています。

sign
デザインが、どのように作用するか。

今回の投稿はかなり普段の内容とは異なっているように感じます。ブログを始めた頃とは異なり、内容が抽象的だったり、啓発的な内容だったりしていることは確かです。しかし、気づいたことは、自分はこのブログを通して自分の頭の中を明瞭にし、目標に向かって前進するための記録をしているのだということ。

したがって、内容が自分にとっては明確でも、読む人にとっては何じゃこりゃとなることもあると思います。なので、今日は自分がまとめて言いたかったことを最も的確に表現した引用文を使って締めにしたいと思います。

 

スタイルは、流行り、忘れ去られる。
しかし、優れたデザインは、言語となる。

—マッシモ・ヴィネッリ

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